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京都地方裁判所 昭和57年(わ)296号 判決

主文

被告人を懲役二年及び罰金二億五、〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは、金三五万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)被告人を労役場に留置する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、京都府長岡京市《番地省略》に居住し、名古屋市中区錦二丁目一四番一九号ほか一七か所において、ローンズアポロ名古屋店等の名称で貸金業を営んでいるものであるが、実際取引を記帳し、多額の所得金額があることを了知しながら、これが全額課税対象となることを回避するため、所得金額及びこれに相応する所得税額をことさら過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を作成して所得の一部を秘匿したうえ、右内容虚偽の所得税確定申告書を税務署長に提出して所得税を免れようと企て

第一  昭和五三年分の総所得金額は四億一、九六四万二、五二六円で、これに対する所得税額は二億九、九〇〇万一、二〇〇円であったにもかかわらず、昭和五四年三月一二日、京都市右京区西院上花田町一〇番地の一所在の所轄右京税務署において、同税務署長に対し、昭和五三年分の総所得金額は、一、三五六万八三八円で、これに対する所得税額は三二八万三、七〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右年分の正規の所得税額二億九、九〇〇万一、二〇〇円との差額二億九、五七一万七、五〇〇円を免れ

第二  昭和五四年分の総所得金額は五億七、五七九万九、〇一一円で、これに対する所得税額は四億一、六〇九万八、〇〇〇円であったにもかかわらず、昭和五五年三月一三日、前記右京税務署において、同税務署長に対し、昭和五四年分の総所得金額は一、七八五万六、三〇〇円で、これに対する所得税額は五一六万一、〇〇〇円(この金額には計算上の誤りがある。)である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右年分の正規の所得税額四億一、六〇九万八、〇〇〇円と右申告にかかる総所得金額に対する所得税額五一八万五〇〇円との差額四億一、〇九一万七、五〇〇円を免れ

第三  昭和五五年分の総所得金額は一〇億三九八万二、〇一六円で、これに対する所得税額は七億三、七二二万九、二〇〇円であったにもかかわらず、昭和五六年三月九日、前記右京税務署において、同税務署長に対し、昭和五五年分の総所得金額が三、五〇〇万円で、これに対する所得税額が一、四五三万二、四〇〇円(この金額には計算上の誤りがある。)である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、右年分の正規の所得税額七億三、七二二万九、二〇〇円と右申告にかかる総所得金額に対する所得税額一、四五四万六、二〇〇円との差額七億二、二六八万三、〇〇〇円を免れ

たものである(なお、右各所得の内容は別紙(一)ないし(三)の各損益計算書のとおりである)。

(証拠の標目)《省略》

(補足説明)

弁護人は、本件公訴事実自体は強いて争わないとしつつも、検察官の主張にかかる所得金額に関しいくつかの疑義を表明しているので、それらの点につき当裁判所の判断を若干補足して説明する。

一  未収利息の計算について

弁護人は、各年分の所得金額算定に当たって未収利息の金額が実際に計算されておらず、その結果被告人が不当に不利益を受けていると主張する。

しかし、未収利息中利息制限法所定の制限を超過する部分は収入実現の蓋然性がないから、本来所得金額に計上すべきではなく、また、同法の制限内の部分は本来は所得に計上すべきものではあるが、仮にこれを計上しないで起訴したとしても実額の範囲内での起訴であるから被告人に不利にはならないと考えられる。したがって、弁護人の主張は採用できない。

また、弁護人は、昭和五二年末時点での未収利息については時効による持込資産としての利益を受けられるはずだと主張するけれども、本件ではいわゆる損益計算法(P/L立証)が採用されているのであるから、期首持込資産の多寡が問題となる余地はなく、弁護人の主張はそもそもその前提を欠き失当といわざるをえない。

二  貸倒損失について

弁護人は、いわゆるサラ金業界では貸倒の多発は免れないところであって、最終入金日から四か月を経過して入金のない債権は管理債権としてその債権額を貸倒と認定するのが相当であり、そうすると、被告人の貸倒損失額は大幅に増加するはずだと主張する。

しかし、所得の計算上ある年分の債権の貸倒による損失額として当該年度の必要経費に算入することができるのは、債権者による債務免除の意思表示がなされた場合か、あるいは貸付金の回収の見込みの全くないことが当該年度中に客観的に確実になった場合に限られ、単に回収困難といった程度では貸倒損失と認めるべきではなく、右回収の見込みについては債務者の身上、資産状況、保証人の有無、可能な取立手段の有無等の客観的諸事情を総合して決すべきと解するのが相当である。

これを本件についてみると、検察官が昭和五五年末までの貸倒損失と認定しなかった分のうち債務者本人又は保証人の所在が明らかな場合は未だ多様な取立手段が残されているものといえるから、貸倒損失と認められないこと明らかである。問題は、このうち債務者及び保証人のいずれもが行方不明の場合であるけれども、関係証拠によれば、この場合は被告人においても他の債務者と区分管理したうえ、半年毎に債務者、保証人の住民票及び戸籍謄本をあげるなどしてその所在発見に努めており、その結果所在が判明して返済要求に及んでいる事例も少なからずあることが認められ、これに加え昭和五五年中にいずれも利息が入金されていること、債務免除もなされていないことなどの事情をあわせ考えれば、回収の見込みの全くないことが当該年度中に客観的に確実になったとは到底言い難く、ここで問題となっている貸金債権はいずれも昭和五五年末の時点では未だ貸倒状態にまで至っていなかったものと認めるのが相当である。

よって、弁護人の主張は理由がない。

なお、弁護人は債務者川地睦子、同村上卓爾らに対する貸金については、同年中に弁護士から以後の支払を拒否する旨の通知があったのに、その年度の貸倒として認められていないのは不当であると主張するけれども、単なる支払拒否があっただけで貸倒とは認められないことは右説示に照らし明らかである。

三  支払敷金等について

弁護人は、被告人が名古屋のローンズポスト(ローンズアポロとあるのは誤記と認める。)営業店の店舗用建物を賃借した際保証金三〇〇万円を貸主に支払っているところ、契約上このうち一五〇万円については貸借期間に関係なく契約終了の際返還を受けられない約定になっているのであるから、被告人において右一五〇万円を必要経費に計上できるはずだと主張する。

そこで検討するのに、被告人の当公判廷における供述及び茗荷四位作成の保証金領収証写によれば、被告人が昭和五三年二月に右建物を賃借するにあたり保証金三〇〇万円を貸主に支払ったこと、その際の約定は弁護人主張のとおりであり、かつ右約定は契約終了の原因如何を格別問わない趣旨であることが認められる。そうすると、右保証金のうち一五〇万円についてはこれを支払った時点で既に被告人に返還されないことが確定しているものといえるから、権利金と同様これを必要経費として計上することができると解するのが相当である。論旨は理由がある(但し、これは繰延資産として五年間で償却すべきものである。)。

また、弁護人は特に問題としていないけれども、関係証拠によれば、被告人が昭和五〇年一〇月に名古屋のローンズアポロ営業店の店舗用建物を賃借するにあたり保証金三七〇万円を貸主に支払ったこと、その際右保証金のうち二割(七四万円)は退出時償却する旨の約定がなされていたことが認められ、これについても前同様の理由で必要経費として計上できると考えられる。

以上のことから、関係規定により被告人の各年分の脱税額を計算し直すと判示のとおりとなる。

四  元入金について

弁護人は、マンセイリース京都店の客岡沢好子、同吉岡隆二らについては、遅くとも昭和五二年末には貸付金があったことが認められるのに、これが同年末の財産として計上されておらず、被告人の元入金として認められるべき数額がそれだけ実際額より過少に計算されて被告人に不利益な計算がなされていると主張する。

しかし、本件ではいわゆる損益計算法(P/L立証)が採用されているのであるから、期首持込資産の多寡が問題となる余地がなく、弁護人の主張はそもそもその前提を欠き失当といわざるをえない。

五  従業員の不正による損害について

弁護人は、元福山店店長広永次利が昭和五五年一〇月ころから昭和五六年にかけて総額二八六五万一七五二円に及ぶ横領事犯を重ねていたことが同年七月に発覚したが、昭和五五年に発生した被害はあくまで同年中になされた犯行に基づくものであって、客観的に被害が発生した同年中の損失と認められるべきであるのに、これが被告人において現実に被害発生を認識した昭和五六年分の損失に算入されているのは不当であると主張する。

しかしながら、不法行為の被害者は不法行為者に対してその被った損害に相当する金額の損害賠償請求権を取得することは言うまでもなく、それは右不法行為の発生時点の所属する年分の収益を構成するから、右損害額は、損害賠償請求権が不法行為者の無資力その他の事由によって実現不能となることが明白になったときにおいて初めて損失として確定すると解するのが相当である。これを本件についてみると、被告人の公判廷供述によれば被告人が被害を発見したのは昭和五六年七月に至ってからであるから、昭和五五年中に右にいう実現不能になったとは到底いうことができず、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも昭和五六年法律五四号付則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項に該当するところ、その免れた所得税の額がいずれも五〇〇万円をこえるので、情状により同条二項を適用し、各所定刑中懲役刑と罰金刑とを併科することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役二年及び罰金二億五、〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金三五万円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の事情)

本件は、サラ金業を全国的規模で営む被告人がいわゆるつまみ申告により昭和五三年以降五五年までの三か年間に実に所得税合計一四億三〇〇〇万円余りをほ脱したという事案であって、そのほ脱額は過去の同種事案の中でも屈指のものということができ、平均ほ脱率も九八・五パーセントにも昇り、また平均申告率はわずか二・五パーセントにすぎず、稀にみる悪質かつ重大な脱税事犯である。本件の主たる動機についてみても新店舗の開設資金を蓄積するためというが、つまるところそれは自己の利益拡大のため以外の何ものでもなく、量刑に当って特段斟酌すべき事情とはいえない。また、被告人は、同国人の金融業者から高額の申告をすることについてクレームをつけられたことを動機の一つとするけれども、仮にそれが真実としてもこれがいささかも被告人の行為を正当化するものでないことは、あらためて説明するまでもない。

ところで、次に弁護人が被告人に有利に斟酌すべき事情として挙げる諸点について検討するのに、まず、第一に、弁護人は、被告人において事前の不正工作を行っていないことからすれば、本件の実質はむしろ単純無申告犯にすぎないと主張するが、すべて納税者が誠実な申告者たることを期待しその自主性を重んずる申告納税制度の基本を忘れた議論という他なく到底これに与することができない。次にこの点に関連して、第二に、弁護人は、我が国の税率が高すぎることが、納税者をして正直に申告することを躊躇させているのであり、脱税を図った者をそれほど強く非難できないと主張するけれども、税収不足と不公平税制が問題とされる昨今弁護人指摘の累進税率の見直しも含めて大いに議論されて然るべきとしても、このことをもって個別具体的な脱税犯の犯情を云々するのは正に顧みて他を言う類いと評する他はない。さらに、第三に、弁護人は、被告人が法人化という合法的節税対策をとることに遅れをとったばかりに多額の脱税犯とされているのであり、法人化しておれば脱税額は本件の約半分となるから、被告人の実質脱税額は本件起訴額の約半分に過ぎないと主張するけれども、法人が個人に比較して税制上有利な点があることは所論のとおりであるとしても、法人化するか否かは被告人の自由な選択に任されていた以上結果論にすぎない。

以上検討してきたところからすれば、本件においては、被告人が公訴事実を特に争わず、起訴前に修正申告をなし、起訴後は二店舗を閉鎖し、現在本税を月額三〇〇〇万円ずつ納付しているなど反省の情も多分に認められること、被告人にはこれまで前科・前歴が一切なく、また、実刑に処せられることにより、事業経営に少なからず支障をきたすことなど被告人に有利な諸事情も見受けられるところではあるが、そうした事情を最大限考慮してもなお本件の如く申告納税制度の根幹を破壊するようなほ脱税事犯について徴税権保護の理念だけで単に経済的制裁のみで能事終われりとするならば、一般国民に対して誠実な納税意欲を失わしめる結果にもなりかねず、ひいては法の尊厳をも著しく傷つけることになるのであって、被告人に対し罰金刑のみならず実刑をもってのぞむのも誠にやむを得ないところと考える。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西村清治 裁判官 小澤一郎 坂倉充信)

〈以下省略〉

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